仕事の悩み 2005-01-17 22:21:32

 人間は本当に悩んでいることは、なかなかこういうブログには書かないものだ。しかし、あえて自分を客観視したいので、抵抗を超えて書き込んでみる。

 昔から幼稚園から学校で、怒られてばかりいた。毎日何回も何回も怒られるのである。たまに怒られない日が続くと、いつまでそれが続くか日数を数えたりした。自分でもかえって不思議な感じがして怒られるとかえって安心する始末である。とにかくあらゆる場面で怒られるた。運良く先生に恵まれ、ひどい体罰は受けなかったが、廊下に正座とかびんたくらいは当然だった。全く反省しないわけではなく、むしろまじめなたちなのだが、何がどういけないことなのかがわかっていないのと、自制心に欠けているのだろう。少しも改善されなかった。

 今思えば軽い何かの障害ではないかと思っている。成績は良くないが、それは明らかに勉強をしないせいであり、知恵遅れというわけではなかった。情緒的な知恵遅れというものがあれば、それに近いと思う。

 とにかく普通ならだめとすぐわかることをやるのだ。非行少年は悪いとわかっているからあえてそれをやるのだが、僕はそういう判断が出来ないので、やってしまうのである。

 だんだん、周囲の同級生が大人になってくるにつれ、自分が溶け込めてないことはなんとなくわかり焦るものの、何がどうまずいかわからない。自信のない青年になっていき、その延長として今の自分がある。

 幸い、友人には恵まれた。私が何年もお付き合いいただいている方たちはビックリするほど多様であるが、精神年齢が低いからと私を全否定しないという点だけは一致している。

 それでも少しはいろいろ経験し自分なりに考えて、あくまで自分の中では、多少は成長した部分もある。だがそれは、外国語を、学校文法を使ってぎこちなく理解しているようなものだ。あるいは利き手でない方で箸を使っているようなものだ。
 要するに知能の部分で情緒を代行しているのだ。だからどうしてもぎこちなさが残り続ける。

 仕事においてどうしてこれほどというくらい失敗がおおい。ある間違いがなくなれば違うところでだ。本質的な問題は、変わっていないのだ。とにかく今は、人が普通に出来ることをせいいっぱい追いつこうと努力の日々だ。今までの人生で怠けた分苦しんでいる。だが首になるまでせいいっぱいやるしかない。