前回から間があいてしまいました(苦笑)

偶有性という言葉を、一般の哲学用語から切り離して既知:未知の観点から考えたりはしたのですが、うまくまとめきらず・・・。無理にひっぱっても更新が滞るばかりなので、雑多な観点を書いてお茶を濁すことにします。

★テレビ、新聞問わず、あらゆる「望まない情報はすべてスパム」という態度がありうる。

わたくしはだいぶ前から、ヤフーをポータルサイトとして設定するのいやになって、標準設定から外しました。ヤフーのニュースや雑多なアイコンが汚らわしいスパムに見えてきたからです。望んでいないニュースや情報に一秒たりとも時間を費やしたくない。

その代わり、自分が望むならば、どれだけくだらない情報でも摂取したい、そんな感性が徐々に自分の中で育ってきたのでした。

★偶有性を既知と未知の比率と考えると「偶有度」といった表現も可能ではないか。

そう考えると、デジタル技術に接することで単に情報量を摂取するだけではなく、情報の「偶有度」ををコントロールしたいという感性が育ってきたのではないか。

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まあ、自分でも「だからなんだよ?」と思ってしまうようなレベルの想念です。